先週、祖母が亡くなり葬式のために実家に帰ってきました。

 

ばあちゃん。

祖母は実家から車で10分ほどのところに一人で住んでおり

僕が子どもの頃はしょっちゅう泊まりに行っていました。

 

本当ばあちゃんが好きでした。

 

ばあちゃんは子どもが7人おり、

土方工事など体を酷使しながら育てられていたそうです。

 

私が働きだして間もなく、

ばあちゃんは体を壊し入退院が多くなりました。

 

長男の家にいたものの調子がいいときは

自分の家に帰ったりして生活をしていました。

 

ばあちゃんはガンで骨にも転移があったそうです。

先月初めに話したときは、余命半年ほど。

 

抗がん剤の影響で

私たちの顔がわからなくなる前に顔を見せに行こうと、

病院にお見舞いに行ったその2日後、

ばあちゃんは急変し永眠しました。

 

お坊さんのお説教。家族ってさ。

お葬式の日、お坊さんがお説教をしてくださいました。

 

それはこんなお話でした。

 

ある80歳のおばあちゃん。

今日、約50年連れそった最愛の旦那様を亡くされました。

 

お二人には子どもがいて長男は40〜50歳くらい。

東京で海上自衛官をされているそうです。

 

旦那さまが亡くなられた日、

お坊さんに枕経を依頼され出向いたそうです。

 

そして枕経を済ませお葬式の段取りに移ります。

お坊さんのお寺はある程度お布施などの

金額を書いた一覧表があるそうです。

 

もちろん、その通りにする必要はなく、

ご家庭のご事情やお気持ちによって

お布施をしていただければ、というものだそうです。

 

しかしその表をみた長男が言い放った一言。

 

「お坊さん、俺は神様も仏様もようわからんとよ。

母ちゃん、葬式にこんなに金がかかるんじゃ、

母さんのときは火葬して骨は東京湾に散骨でよかね?」

 

最愛の旦那様を亡くされ、

ひどく悲しまれている母に向かって言われたこの一言。

 

この時、この母親はどうだったと思いますか?

ただ下を向き、何も言えなかったそうです。

 

今まで一生懸命生きてきた方に、

一番最後にその証しを讃え、

家族で送り出すはずの日。

 

この放った一言。

どんなに母は辛かったでしょうか。

 

お坊さんはこう言いました。

「お布施は千円でも100円でも構いません。

私が責任を持ちます」と。

 

それでも、母の表情は固いままでした。

 

もし自分の立ち場だったら

この話を聞いて本当に悔しくて、

そのお母さんが可哀想で涙が出ました。

 

もし自分がその母親ならどう思うでしょうか?

 

一番大切で絆が深いはずの家族に、

そんなことを言われたらどういう気持ちになりますか?

 

家族ってお金で崩壊してしまうのでしょうか?

 

人の感情とお金。

 

お金が全てではありませんが、

お金があればもしかしたら、

こんなことにはならなかったのかもしれません。

 

お金だけでは解決できない問題かもしれません。

 

でも一つ言えることは世の中に生まれて来れたのは、

母、父、そしてその母、父、祖父、祖母・・・。

 

自分がここにいるのは、

今まで一生懸命生きてくれた家族がいるからこそです。

 

普通の生活の中では家族のありがたさなんて、

なかなかわからない事も多いです。

 

でも家族のおかげで自分がここに存在していることを

知るべきだと思います。

 

 

Shiomi(しおみん)